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目指せエンターテイメント!!
「で、ほっとけなくて拾ってきて、あずささんに介抱を依頼したら座薬ブッ込まれて大暴走したと。なるほどなるほど」
雪歩をソファに寝かせ、一人で買い物に出かけて案の上迷子になったあずさの身柄を警察署まで引き受けるついでに毛玉の面倒を任せ、生き残ったプロデューサーとやよいの二人でえらいことになった事務所の中を掃除して、現在やよいはプロデューサーの前で正座している。
「…あずささんの座薬とか一部疑わしい部分もあるけど、まあ大体の大筋は分かったよ。要は捨て犬がかわいそうで拾ってきた、と」
「うう…。ダメ、でしたか?」
「ダメとは言わない。…言わない言わないだからそんな顔で俺のこと見るな」
涙目斜め45度小首かしげなどという高等技術を一体どこでやよいは習得したのだろうか。恐らくは伊織がやっているのを見てまねをしているのだろうが、プロデューサーは頭の中でこれは新しい武器になるかと本気で考えている。
困ったことになった。
まさか元いた場所に帰して来なさいとは言えない雰囲気である。やよいは本心からの善意であの毛玉を拾ってきたのだろうし、そもそも根っこをただせば一番悪いのは雨ざらしの中に犬を捨てた見知らぬ誰かしらであるが、事務所で犬が飼えるかと言ったら答えはNoだ。別に生鮮食料品を扱っているわけではないから犬猫を置くことがNGかと言われればそんなことはないのだが、最近になって事務所を移した765は文字通り人手が足りない。常日頃誰かしらいるような大規模な事務所なら誰かが面倒を見てくれるのだろうが、小鳥すら営業に借り出されることもある事務所には常に誰かしらいるなどという潤沢な人的資源はない。まして手のかかる子犬である。誰か自宅で飼えるものがいればいいのだが、そんな稀有な人材はプロデューサーの知る限りいないのだった。
例を挙げる。
小鳥…住んでいるマンションがペットNG。
プロデューサー…住んでいるアパートが以下略。
あずさ…住んで以下略。
その他いるにはいるスタッフたちも朝早くに出社して夜遅くに退勤するものがほとんどだ。元にいた場所に帰してこいとは言えず、スタッフの自宅で飼うという選択肢も選べないとなると必然的に事務所で飼うしかないのだが、前述の通りがらんどうになった事務所に一匹ぽつんと残された毛玉が一体何をするか分かったものではないというのは先ほどの大騒動ではっきりしている―――もっとも、あれは毛玉のせいだけとも言い切れないのだが。
犯罪グループの方割れは、ソファの上で「当麻鍾乳洞、安家洞、龍泉洞、幽玄洞、滝観洞、あぶくま洞…」と全国の鍾乳洞の名前を北から順に読み上げている。この後ラーメン屋で今日の打ち上げなど最早果てのない遠くの話であって、このままだと明日以降には世界の核シェルターでも読みあげそうな雰囲気の雪歩の眼はまるっきり焦点が定まっていなかった。
この上事務所で犬を飼うと決めてしまえば雪歩は本気で六甲山から身投げしかねない。言うまでもなく事務所は「株式会社765プロデュース」の事務所なのだ。事務所とはアイドルを万全の状態で営業活動に出発するための拠点であり、残念ながら犬を飼う場所ではない。
「参ったなあ…」
といっても、やよいに捨ててこいというのもまた酷な話だ。困り果てたプロデューサーがやよいの嘆願の視線の直撃を避けていると、都合のいい助けが返ってきた。
「今戻ったよ。誰もおらんのかね」
声に顔を上げると、裏口からコンビニの袋を提げた社長がまるで空気を読まずに社内に入ろうとしているところだった。プロデューサーはいつまで経っても正座をやめないやよいにため息をつき、「お疲れさんです」と声をかける。
「おお、戻っていたか。お疲れ様。営業の方はどうだったかね?」
「おおむね。ただ事前の打ち合わせに入っていない要素がいくつか。後で報告します。―――それより社長、ちょっと困ったことが」
「ふむ。それはあれかね? やよい君がそこで正座をしているのと何か関係があるのかね?」
「あー、まあ関係あるっちゃあるんですが、あの実はですね―――やよい、普通に椅子に座りなさい、このままだとなぜだか知らんが俺が正座する事になりそうだから」

「犬か」
「犬です」
事の経緯を聞き終えた社長はやはりふーむと唸って押し黙った。察するに社長もまたプロデューサーと同じようなところで詰まっているに違いない。外で犬を抱いていたあずさは犬が寝たことで社内に戻っており、やよいは床ではなく椅子の上に神妙に正座をし、全国の鍾乳洞を言い終えた雪歩はなぜか世界遺産を北から順に列挙し始めていた。
「やよい君はあれかな。事務所で犬を飼いたいと、こういうのかな」
ややあって社長はゆっくりとやよいに問いかける。やよいは神妙に頷くと、やはり小首かしげ斜め見上げ目線で社長を見やった。社長はフムと顎下をさすり、ややあってプロデューサーに向き直る。
「君ね、一体どうやってやよい君にこの技を仕込んだのかね。犯罪的行為はやめたまえよ、身柄の引き受けには行かんからね」
「俺じゃないですがやよいに仕込んだのが誰かは俺も知りたいですね。あれは高等な技術だ。一体どこの誰があんな屹立もののテクニックを」
「社長、プロデューサー! 結局この子どうなっちゃうんです?」
犯罪者二人が話している内容が全く毛玉と関係のない内容だとすぐに看破したやよいは、そこで実に真剣な顔をして二人を見やった。本当に大事なことなのになぁ、と二人は顔を見合わせると、そこで深い深いため息をつき、
「…ん。残念だが、事務所では飼えんな」
「…そんなあ。それじゃこの後、この子どうなっちゃうんですか!?」
「社員や知り合いに犬を飼えるものがいないか聞いてみる。もしいればその人に世話を頼もう」
社長はそう言った後、プロデューサーにだけ「そう言ってはみたものの」という表情を見せた。プロデューサーもそう考えたが、プロデューサーの考えるところ犬を飼えるような奴は765には皆無だ。恐らく2、3日事務所内で保護した後、しかるべき機関に毛玉の対処を願うことになるだろう。
「そんな人いなかったら?」
そして、やよいはプロデューサーと社長の雰囲気を鋭敏に感じ取った。逃げ道をふさぐような形になったやよいの問いかけにプロデューサーは重いため息をつき、
「あのな、やよい」
その言い方が既に、やよいが思い描く毛玉にとっての最悪の行く末を案じさせるものだった。
「例えば仮にこいつをここで飼ったとしよう。だとしたら誰がこいつの面倒を見る? 散歩はどうする? 食費は? 予防接種は? こいつが病気になったら誰が看病する? もしこいつが暴れて事務所の中をしっちゃかめっちゃかにしたら、一体誰が片付ける?」
あずさは一向に会話に混ざろうとはしなかった。ただ黙って事の行く末を見届けながら、胸に抱いた毛玉の背中をゆっくり優しく撫でている。雪歩は心ここにあらずの様子で遂にアンコールワットまでを列挙し終わった。
「それだけじゃない。もしお客さんが来てさ、その人が犬嫌いだったらどうする? そうじゃなくても、その子がお客さんに吼えかかったり怪我させたりしたらどうする? この子はまだ小さいんです、ごめんなさい許してくださいって言うか?」
「それは…」
非常に大人げない事をしているプロデューサーを、社長もあずさも全く止めない。それは二人が「生き物を飼う」ということのむずかしさを知っているからに他ならない。と、その時「エアーズロック」とつぶやいた雪歩が突如蘇生した。ここはどこ私は誰を身振り手振りで実行に移した雪歩は次の瞬間あずさが横に座っていることに気付き、そして間が悪いことにその胸に抱かれた毛玉に視線を移してしまった。雪歩は声もあげずに速攻でソファの上を離脱、そのまま炸裂寸前の核弾頭を見るような目つきで後退し、先ほど逃げそこなった社長室に逃げ込んで鍵をかけて徹底抗戦の構えを見せる。
あずさの口から、初めてため息が漏れた。
「事実雪歩はちっちゃいころ犬に追っかけまわされて気絶するほどの犬嫌いだ。なあやよい、お前雪歩のこと嫌いか?」
やよいは黙ってひしゃげるほどの勢いで首を振った。
「だよな。雪歩もやよいの事好きだ多分。でもな、犬をここで飼うと決めたら雪歩はどうする? 毎日怯えながら事務所に来るか? 春香や千早と話してる時の雪歩の顔が引きつってたとしたら、やよいはどう思う?」
「……」
プロデューサーは明らかに、ここで犬なんて飼えないと告げている。誰の耳にもそれは明らかで、反論をはさまないところをみると社長もあずさも同意見らしい。やよいは事の方向性が定まっていることを悟り、目に涙を溜め出した。
すべてのいきものはおとうさんとおかあさんのあいじょうをいっしんにうけてこのせかいにうまれてきたのです。
その通りである。
だが、それは生まれた後におとうさんとおかあさんのあいじょうをいっしんにうける事を意味しない。
何度も言いたかった。それは嫌だと言いたかった。自分が世話をすると、食費や予防接種の費用が一体いくらするかは分からないが散歩と躾くらいは自分がやると言いたかった。
だが、それ以外がやれるかといえば、やよいにはやれる自信がなかった。
その通りである。世の中は2種類に分けられる。余裕のある奴と余裕のない奴だ。そこには一切の例外は存在せず、そして余裕のない奴の方が世の中は大半だ。まして765は事務所を移転したばかりで、名の売れたアイドルも数えるほどしか存在しない。765が余裕があるかないかを道行く人に尋ねたら、10人いたら8人は「余裕のない方」と答えるだろう。
「―――…………」
世の中は余裕があるかないか、なのだ。
自分は、そんなことはちゃんと知っていたのだ。
「―――…分かり、っ、まし、た、元の場所に、」
「…やよいちゃん」
蚊の鳴くような、小さな小さな小さな声だった。
声に涙目を流すと、鍵のかかる社長室の扉を本当に僅かにあけて、雪歩が無理やりな笑い方をしていた。
「プロデューサー。私、大丈夫です。まだちっちゃい子だし、多分、さっきのは私が驚かしちゃったのが悪いので、その、そのくらいの犬なら多分、大丈夫です」
どこからどう見ても無理やりな笑い方だった。眉間にしわを寄せて、口の隅はガタガタ震えていて、恐らくはドアノブに両手を引っかけて何とか抜けた腰に気合いを入れて、眼には恐らく恐怖から来る滴すら湛えて、それでも雪歩はプロデューサーとやよいににっこりと笑いかけていた。
世の中には2種類しかいない。
余裕のある奴と、余裕のない奴だ。
「…ぷろ、でゅーさー、しゃちょう」
そして、今ドア越しに笑う萩原雪歩は、そのどちらでもなかった。
余裕がないくせに無理して余裕ぶって見せた、どうしようもなくひきつった笑みだった。
「わたっ、し、お世話します。ちゃんと、おさん、ぽ、連れていきます。おしっこ、とか、の、しつけも、します。だから、だかっ、ら、」
あずさが、のんびりと毛玉の背中を撫でた。
社長が、続きを促すような眼をした。
「…うん」
そして、プロデューサーはやよいのつっかえた物言いに、静かに相槌を打った。
「だっ、から! この、子、ここで、飼わせてください!! お願いします!!」
勢いよく下げたやよいの後頭部を見、プロデューサーは黙って視線を雪歩に投げた。雪歩が笑ったままなのを見て、プロデューサーは社長に向き直る。
「しつけはやよい。メシ代と予防接種費なんかは俺がもちます。散歩なんかは日替わりで候補生たちにやってもらいましょう」
「そうだね。では私の方で保健所登録はしておこうか」
それはまるで、プラモデルのパーツを組み合わせるようなやり取りだった。まるで最初からこうなるのを予測していたかのようなプロデューサーと社長のやり取りに、やよいは鼻水をぬぐうのも忘れてポカンとした顔をした。
だから、あずさがゆっくりと胸に抱いた毛玉をソファに置き、自分の横に立ったことに、やよいは声をかけられるまで気付かなかった。
「やよいちゃん」
あずさは膝立ちになると、優しくやよいの頭を抱いてこう言った。
「良く言えました」
もう止まらなかった。自分の意見が世の中の常識を打ち崩したかのような気がして誇らしく、恐怖心は堰を切り、優しく抱きとめられたことであふれ出る安堵感は涙腺を緩めに緩め、やよいはあずさの胸に顔をうずめたままでびーびーと思うさま泣いた。

世の中は2種類しかない。
余裕のある奴と、余裕のない奴だ。
あずさの胸に顔をうずめて泣きながら、やよいはこんなことを思う。

じゃあ、そのどちらでもなかった雪歩さんは、一体何者なのだろう。
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2010.08.29 Sun l がんばれ超がんばれ雪歩 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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